103号室

オタクです 文章を書きます

辛い

 

 今回はいつも以上に推敲なしで思ったままに文章を書いていきます。

 

 

 心というものは肉体と同じで、定期的なストレッチをしないと凝り固まって動かなくなってしまうもので、それが実感できているということはもう手遅れになってしまったということであり、いま現在とても苦しいのだが、それはそれとしてやらなければいけないものはやるしかないのが人生だ。しょうもな~

 

 

 ぼく個人としては長生きする気なんて全くなく、むしろ長生きとか若い世代に迷惑じゃありません?クソみたいな世の中とっとと死んだほうがマシだ、と今考えているので別に「老後困るぞ」みたいな脅しをされても全くピンと来ないんですがどうなんでしょうね? まあ仮に長生きしてしまったんならそれはそれでするんですが。余生を楽しむなんて年取って体も満足に動かない時にこの世を楽しもうってことでしょ? そんなん勿体無さ過ぎるでしょ若いうちに楽しいことは楽しいと思ってやった方がいいでしょ馬鹿なのか? とよく思ってしまう。

 

 

 「義務教育後は余生だ」って言ってたのは誰だっけ? その理論で行くとぼくはもう余生を生きていることになるが、今現在とても辛く苦しく思っているのでくそったれだ。余生は余生らしくのんびり過ごさせろ、バカバカ

 

 

 スーツを着るという行為がもう無理になってきた。スーツなんて囚人服の一種だろ、哀れな囚人どもめ。鎖につながれた雨間一生を過ごせばいい。スーツを毎日着るくらいなら野垂れ死んだほうがマシという考えが日に日に強くなっていく。よくない。

 

 

 ともあれ人生は続いていくし、続いていく以上は生きねばならない。ぼくはよくTwitterで死にたいとか言っちゃうが、その反面自分で命を絶つ、ということは絶対にしてはいけないと思っている。生きているのなら生きなければいけないし、それだけは何も持っていないクソ人間であるぼくの最後の矜持だ。なるべく、死なない。これを頭に常に入れていきたい。

 

 

 最後に、大好きになった小説『電気サーカス』(唐辺葉介)の一節を引用して終わりにする。

 

元気なのが一番だ。とにかく長生きするのが重要で、あとは大した問題じゃない。幸福であるにしろ、不幸であるにしろ、何をおいてもまず第一に、生きなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 

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